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ウランバートル訪問記3:モンゴル・ウランバートル 旅行道中
ウランバートル訪問記3では、今井院長がモンゴルへ行って帰ってくるまでの道中を、一緒に御体験ください。
成田空港へ到着。まずは成田空港発 仁川(インチョン)行きに乗ります。
無事、仁川(インチョン)空港に到着しました。ここからモンゴル・ウランバートル行きの飛行機に乗継予定だったのですが。
なんと!北朝鮮戦争勃発の恐れがあり、仁川(インチョン)空港で約5時間もの足止めを食いました。
ニュースとして記憶にある方も多いかと思いますが、4月18日はこの前日に、北朝鮮国連代表部のキム・インリョン次席大使がニューヨークの国連本部で会見し、原子力空母を朝鮮半島近海に派遣するなどの圧力を強めている米国を強く批判していました。
朝鮮半島で「核戦争がすぐに勃発するかもしれない危険な状態になっている」と訴え、それに対して米国大統領トランプ氏が「どんな形態の戦闘にも応戦する」と述べたというやり取りが報道され、世界中が肝を冷やしたときでした。
一触即発な空気が漂う中、中国系の航空機をはじめアジアを運行する航空会社が一時運行停止をしました。今井院長もこのときの流れで5時間の待機をすることになりました。
その後、運行停止解除になり、無事、離陸。下の写真は機内から飛行機の運航経路を写したものです。ウランバートル行きは、平壌上空を飛行します。
深夜の12時近く、やっと、チンギスハン空港に到着しました。
翌日 4月19日です。市内を移動しています。
これからウランバートルの市内へと移動していきます。車の中から撮影をしています。
カラオケがありました!! これはカラオケパブで、ウランバートル市内にはとてもよく見かけました。
隣に止まっている白い車は日本車のプリウスです。モンゴルでは最も多い中古車がプリウスなのだそうです。
冬はマイナス30度、ゴビ砂漠があったり、延々と続く大草原がまだまだ広がっているモンゴルでは、車への信頼性がとても大切だからです。
また、ガソリンも高い(日本の7-8倍程度)ので、燃費の良い日本車が愛されています。
トロリーバスが走っています。路線バスもあります。バスはトロリーも含めかなりの路線があり、直ぐ来るので市民の足として活躍しています。
この二つの建物は、ウランバートル市内に点在していました。
ラマ教は、チベット仏教の俗称で、ラマはチベット語で「上人」「師」という意味です。モンゴルは伝統的にチベット仏教第二の中心地なので、寺院がたくさんあります。
旧ロシア式の建造物はパステルカラーをしています。これもたくさんありました。
走っているうちに、住宅街がありましたので撮影しました。わかりやすく左右に並べてみます。ウランバートルの南部には高級住宅が並んでおり、北部に行くとまだ下層の暮らしをしていると思われる住宅街がありました。
モンゴルでは人口の半分がウランバートルに住んでいるといわれており、超過密都市なのですが、日本と違って広いのでそれほどの密集した感覚はないようです。
ウランバートル周辺に住んでいる人口の半分が写真にある南の富裕層地区に、残りが北部に集まっています。
これ以外に、ウランバートル郊外には元牧民が住み着きスプロール化した「ゲル地区」というのがあります。写真下です。白くテントのようになっているのが遊牧用住居です。これをゲルと言います。
ウランバートルの中心部にまで来ると、近代的な建物が増え、さらに交通量が増えます。
だんだんと交通量が増えて、渋滞をし始めています。
大渋滞をしているウランバートル市内です。車の7割は日本の中古車です。
途中、北京とモスクワを結ぶ大陸縦断鉄道を見かけました。線路の上から撮影です。
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